口腔機能の視点から歯科医の果たす役割を考える
一乳幼児から高齢者まで口腔機能への対応ー
げんかい歯科医院院長 元開富士雄
超高齢社会を迎えたわが国では、医療や福祉だけでなく社会構造全体の変革が求められている。こうした高齢者社会への転換の旗印となっているのは「健全な老い」である。
日本は世界有数の長寿国となったが、平均寿命と健康寿命の差となる不健康期間、いわゆる寝たきりで介助を受ける期間が非常に長いことが問題となっている。
そこで、健康寿命を延伸させ、寝たきりを防ぎ、在宅での看取りを実現することを目指したのが地域包括ケアシステムである。つまり、老いや死へのプロセスを「病」にすりかえず、健康な生活をしたまま過ごしていける社会を実現することを目指している。
こうした変革の潮流に沿って老化研究が行われたことで、高齢者の虚弱への流れが解明され、フレィルという概念が出現した。フレイルとは、加齢に伴う生理的な機能低下のことで、生活環境に対する適応性の低下や脆弱性が、可逆性をもって進行することから、回復する可能性がある点で末病に近い概念だと考えられる。
フレイルには身体・社会性・精神の3つの虚弱があり、これら3つの虚弱がスパイラルしながら進行する。このように虚弱への流れが解明されたことで、さらに老化進行にはオーラルフレィルが深く関わっていることがわかってきた。
それは、口腔機能が生命錐持のための栄養と呼吸だけでなく、社会性に関わる発語と表情の表出の役割を持っているからだと考えられる。
つまり、口腔は、生命維持と生活機能を併せ持つことから、人間にとって生きるすべてが集中する場なのだ。
しかし、これまで歯科では、形態回復による栄養摂取を優先して考えてきたために口腔の機能に対してなじみがない。今後さらに高齢者の歯の残存率が高まれば、口腔機能を維持向上させることが歯科に対して求められるだろう。
口腔機能は、その一つが低下すると他のすべても低下する。例えば、乳幼児の発語の遅れは摂食発達の遅れが影響することが多いことからプレスピーチと呼ばれる。こうした一見関係の無いような機能の連携こそが、口腔機能の特徴である。
また、口腔機能は、呼吸・嚥下・発語の3つの機能を瞬時に、しかも半無意識的に切り換えることで発揮される。
それは、鼻咽腔と口腔の構造から3つの機能を同時に行うことかできないからだ。だから、口腔機能の切り換えがうまくできない乳幼児と高齢者は窒息や誤嚥といった死亡に至る事故を起こす。
では、どうしたら口腔機能の切り換えがスムーズに行える力を獲得できるのだろうか。
これまでは、咀嚼や嚥下といった単一の機能を調査・研究することのみで、口腔機能の全体像を捉えようとはしてこなかった。確かに複雑な機能を持つ口腔ではそれが難しかったかもしれない。
口腔機能を全体としで捉えるには、全身運動と同様に運動機能として捉えることが重要と思われる。口腔機能を起動させているのは何か、もちろんそれは「圧感覚」に他ならない。食物や空気圧がかかることで機能は起動し切り換えられる。だから、圧感覚の感受性が低下すると嚥下反射や咳反射が低下し、誤嚥が発生しやすくなることが脳血管障害者の研究から解明されている。
乳幼児も高齢者も口腔機能を高めるには、まずは口腔の圧感覚を鍛えることが重要だ。それには、指による口腔内マッサージや口腔清掃用具で口腔内刺激を与える口腔ケアだけでなく、吹いたり吸ったりする口遊び(口腔周囲筋の運動)が効果的だ。
次に、口腔機能が行う運動は、半無意識・半自動調節運動そしてリズム運動が必要である。つまり、口腔の運動は、不確定で変化に富んだ環境〔食物〕を、意識・無意識を自由に変換しながら処理する自動調節(制御)機能である。これと同様のことが歩行や呼吸でも見られる。
こうした自動運動制御システムは、フィードバックがいつも脳の中で行われて調整されているのだが、フィードバックを働かせるには、リズム運動が欠かせない。
しかし、口腔機能のためにリズム運動をどのように獲得すれば良いのだろうか。どうしたら環境変化を素早く引き込んでいけるのか。
そこで、非線形科学が活用できないかと考えた。口腔を構成する下顎や舌、口唇・頬、軟口蓋、舌が柔軟性と伸展性を持つことにより、これらがシンクロし協調しながら自動調整機能が高まり、素早い口腔機能の切り換えが実行されることになる。
こうして質の高い口腔機能が獲得されることで、舌は常に口蓋に密着し、口腔機能の基盤である鼻呼吸が守られるだけでなく、口腔・咽頭腔に高い圧を形成することで素早く食塊を移動させることが可能になる。それは、嚥下の安全性だけではない。
素早い食塊移動は、口腔内のハイジーンを向上させ口腔疾患の予防に役立つ。
このように、口腔機能の質を高めることにより、口腔の健康が獲得され、さらに乳幼児では保育の質が高まり、高齢者は健康な老いにつながる。
この講演は、2018.7.28 宮城県保険医協会での第246回歯科学術研究会において行われたものです。
元開先生ならびに宮城県保険医協会の許諾を得て、掲載しました。
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